韓国のネットメディアで福島特集が組まれ、被曝と帰還の強制反対署名を呼びかけている福島共同診療所の布施医院長のインタビューも掲載されています。
https://newstapa.org/43680
仲間が翻訳してくれたので紹介します。
被曝と帰還の強制反対署名を集めましょう!

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〔ニュース打破〕韓国探査ジャーナリズムセンター  201842日 


「福島原発事故7年」2部:黒い雪の恐怖、われわれの住民保護対策は


ニュース打破〈目撃者達〉は、福島事故7年企画として先週の大韓民国原発の安全対策状況の点検報道(1部 大韓民国原発当局は約束を守ったか)に続き、2部では今も継続している福島被害の現場と国内原発事故時の住民保護対策を取材した。

 黒い雪、飯館村の被害は続く
 〈目撃者達〉の取材班が訪ねたところは福島県飯館村。2011年事故が起きた福島第1原発から北西へ40kmほど離れている。7年前の事故当時、飯館村は風の影響で1時間当たり19マイクロシーベルト以上の放射線量が測定された。日本の自然放射線量平均値の600倍をこえる数値だ。高濃度汚染地域に分類された。
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   ▲飯館村のある農家、依然として住民は戻ってきていない

 7年が過ぎた今はどうだろうか? 〈目撃者達〉制作団は村周辺を回り放射線量を測定器で測定した。その結果、比較的除染がよくされているという村の内側では1時間当たり0.25~0.3マイクロシーベルト、村の周辺の山道付近は1マイクロシーベルト以上が確認された。農家と隣接した野山の入り口では、4.7マイクロシーベルト以上まで測定された。日本の自然放射能平均値の7倍から160倍に達する数値だ。
 日本政府は昨年の3月、飯館村を避難区域対象から解除した。しかし、飯館村住民のうちで帰還した人は10%にすぎない。飯館村住民は依然として原発事故の悪夢から抜け出ることができないでいる。
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▲飯館村住民の安斎氏の家の裏庭の放射能数値は4.7マイクロシーベルト(2018年3月測定)

 自然放射能の600倍、飯館村避難指示が遅くなった理由は?

 飯館村に避難指示が出されたのは、事故発生から41日目の2011年4月22日だった。そして実際に避難先が準備され移住が始まったのは、その年の8月1日だった。被曝の危険の中に住民が放置されたわけだが、避難指示がこのように遅れた理由は何なのか?
 当時、日本政府は住民避難の地域範囲を第1原発から半径2Km→半径3Km→半径10Km→半径20Kmへ機械的に拡大しただけである。放射能汚染物質が風の方向によって福島原発の北西側へ集中拡散しているという事実を看過したのである。
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▲福島原発事故当時風の影響で飯館村にまで高濃度放射能が広がった

このために、高濃度放射能物質は風に乗って飯館村に降り続けていた。
 村の住民の安斎徹さんは事故当時を生々しく覚えていた。事故後、村には黒い雪が降ったと語った。原発から放出された放射能物質が風に乗ってきて雪に混じって降ったというのである。
 2011年3月27日、日本グリンピースなど民間団体が飯館村の汚染状況を提起すると、日本政府は4月22日にやっと飯館村を含み原発半径20Km外郭の高汚染地域に対して避難指示を出すようになる。当時、日本の原子力安全委員会は気象観測を利用して放射能拡散傾向を分析するSPEEDIプログラムを運営していた。しかし、SPEEDIプログラムの分析情報は当時の菅直人日本総理にただの1度も報告されなかった。
 日本の独立メディア「ワセダクロニクル」代表の木村英昭氏は、〈目撃者達〉とのインタビューで日本政府と福島県当局が住民に放射能拡散情報を正しく知らせず被曝の被害を大きくしたと語った。また日本政府と原発運営者の東京電力間の意志疎通の不在と情報判断の未熟さも指摘した。木村代表は福島原発事故当時、事故対応コントロールタワーの問題点を集中取材し、『官邸の100時間』を出版した。

 福島の原発事故以後、がん患者が次第に増加

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▲福島県住民の募金で福島共同診療所が運営されている。布施幸彦共同診療所所長が患者を診察している

 2018年3月福島県所属の「県民健康調査検討委員会」は2011年原発事故後現在まで確認された小児甲状腺がん患者は197人であり、そのうち160人が手術後確定判定を受けたと発表した。福島県内18歳未満で1,500~2,000人当たり1人の患者が発生したのである。これは全世界平均発生率より100倍以上高い数値だ。
 福島成人甲状腺がん確定者も男性は2010年43人から2013年には69人に、女性は2010年100人から2013年190人に増えた。布施幸彦福島共同診療所所長は、がん潜伏期間を考慮する時、2013年がん患者が大幅に増えたことは2011年原発事故が主因だと説明した。成人の場合、甲状腺がんの潜伏期は約2年と言われている。

 福島の教訓、わが国の住民保護対策は?

 キムジンソン氏は、キョンジュ(慶州)市ヤンナム面ナア里住民である。彼の家は月城原発から800m離れている。キム氏は、取材陣に2016年キョンジュ地震当時の避難経験を説明してくれた。当時、キム氏は避難所へ避難しろという放送を聞き、すぐに避難所を探した。彼が探した避難所は近所の小学校だった。しかし、小学校の門は鍵がかけられていたと言った。管轄自治体が住民を対象に教育している資料によれば、原発事故発生時には指定避難所へ移動した後、公務員の支持に従えと規定している。
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▲原発重大事故が発生した時、ポンギルトンネルとムリョントンネルが塞がるならば
 ヤンナム面住民の避難路はウェドン路だけとなる

 原発重大事故が起きる場合、避難路の確保は重要だ。月城原発があるキョンジュ市ヤンナム面の場合、非常時に避難路として使用することができる道路は原発を挟んで南北へ伸びている国道31号と北西側へ向かうウェドン路がある。国道31号からキョンジュ市内方向へ行こうとすれば、ポンギルトンネルを通過しなければならず、ウルサンへ行こうとすれば、ムリョントンネルを通過しなければならない。
 だが、2016年10月4日と5日、ムリョントンネルとポンギルトンネル入り口があいついで封鎖された。台風「 チャマ」による山崩れが起き、トンネルが遮断されたのである。〈目撃者達〉取材陣が会ったヤンナム面事務所職員もこのような状況で発生する車両渋滞と避難遅延を憂慮した。キョンジュ市原子力防災担当公務員は、非常時ウェドン路側へ避難を誘導することができると述べながらも、実際避難に要する時間は計算してみたことがないと答えた。
 2017年プサン広域市は、住民502,200人を原発20Km外へ避難させるのに5時間30分かかるというシミュレーション結果を出した。米国原子力規制委員会の指針をもとに推算したのである。疎開当事者である502,200人は古里原発の半径10Km以内の住民全体と10~16Km居住人口の20%を合わせた数値だ。プサン市は自家用の車両をとおした自立避難のほかにバスと列車を利用した二重輸送戦略を打ち立てたと明らかにした。
 しかし、地震などの自然災害と原発事故が同時発生して道路破損や鉄道線路の離脱などが起きる最悪の状況でも、このような避難シミュレーションが正しく適用されるかどうかは未知数だ。プサン市原子力防災担当者は、完璧な避難はむずかしいが、船舶などを利用した追加避難戦略を準備していると説明した。
 自然災害と原発重大事故が同時に発生する場合、住民避難と救助は自治体だけでやる遂げることはむずかしい。原子力安全委員会も、こうした点を認めて軍と警察を含む汎政府的な対応マニュアルを補強すべきだと明らかにした。